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松井秀喜氏の現在の仕事 [テレビ]

巨人時代の松井ゴジラ


ヤンキースGM特別アドバイザー

 ゴジラの愛称で、お馴染みの元MLBメジャーリーガーと言えば言わずと知れた「 松井秀喜 」氏【 43 】である。

 今では現役も引退されて「 ニューヨーク・ヤンキース・ゼネラル・マネージャー特別アドバイザー 」に就いている模様。

今現在の年俸は幾らなのかは存じ上げないが、松井秀喜氏の選手時代の年俸は日米合算で107億3,320万円以上でCM契約金なども含めると更に跳ね上がる。



 1992年、甲子園大会の星稜高校VS明徳義塾戦では伝説の「 松井秀喜5打席連続敬遠 」が語り草に、なるほど高校生の頃から並外れたスラッガーだった松井秀喜氏。

そんな野球選手だった松井氏は、とあるTV番組の草野球試合で隠し玉でアウトに、なってしまいレポーターに「 初めてですか? 」と聞かれると「 2回目です 」と答えて居て笑ってしまった記憶が有る。

実は、不肖この私めが、かつて巨人ファンだった理由は松井氏が4番バッターで在籍していたチームだったからである。

今日は、そんな松井氏の嫁との馴れ初めや子供、ベースボール・ミュージアム等の情報を、まとめてみた。

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  • ニューヨーク・ヤンキースGM特別アドバイザー
  • 惜しいことに3冠王は1度もなし
  • 松井秀喜氏の背番号55の意味は
  • 松井氏の年間本塁打の最高本数は
  • 2012年レイズ時代の年俸は約9.000万円
  • 奥様のN・I氏との馴れ初めは?
  • 子供の人数は2人いらっしゃる
  • 生涯の日米通算成績は2割9分3厘

次章では松井氏の野球人生を展示している「 松井秀喜ベースボールミュージアム 」の詳細情報からシェア。

【 この記事ページの目次 】

1. ヤンキースGM特別アドバイザー

2. 松井秀喜博物館の場所は

3. 嫁のN・I氏との馴れ初めは?

4. 松井氏の子供は2人

5. 松井選手のプロ野球の成績は

6. 最高年俸額はNY時代の13億円



松井秀喜博物館の場所は

 松井秀喜ベースボールミュージアムの詳しい情報はコチラ!↓

https://loco.yahoo.co.jp/place/g-ywcGBhD3m4s

 場所は松井選手の地元、石川県能美市山口町タ58で、入場料は小中学生が100円、一般が300円と良心的な額である。^^



嫁のN・I氏との馴れ初めは?

 一説には「 ホステス・うさぎ 」の店内で知り合ったとかいう情報も有るが、Wikipediaでは2006年のオフ・シーズンに共通の知人を介して紹介されたのだとか。

交際期間を経て、2008年の3月26日に挙式を、された。

画像も検索すれば出ては来るが、ここには貼れない。

しかし、この目で拝見させて頂いたところ相当、美人な奥様であった。

基本的に一般人女性で結婚前は、どこかの会社の社長秘書をされていたらしいが、松井氏自身も氏名などは公表していない。

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松井氏の子供は2人

 松井秀喜氏の子度は夫人と結婚後、2013年3月に第一子である長男、そして今年の1月にも次男が誕生されている。

なお、子供の名前や写真などは公表されていない。

松井選手のプロ野球の成績は

 松井氏の子プロ野球選手時代の通算成績は先程も、お伝えした通りに日米合算で.2割9分3厘で有る。↓

http://nipponbaseball.web.fc2.com/personal/batter/matsui_hideki.html

松井氏がドラフト1位で巨人に入団したときから付けていた背番号「 55 」の意味は、ズバリ王貞治氏【 77 】の年間本塁打記録の55本を超える!という目標であった。

だが、松井氏が記録した年間最高の本塁打記録数はメジャー移籍前の巨人時代に放った50本塁打であり、MLB時代も含めて、遂に背番号の数字を超えることは出来なかった。

おまけに2002年は107打点とNPBで1位だったのだが、「 打率 」だけが.334と首位打者の中日、福留孝介選手【 40:現阪神タイガース 】の.343に及ばず三冠王のタイトル獲得は出来なかった。

なお、年間の日本ホームラン本数の記録は2001年の大阪近鉄バファローズ( 当時:現野球コーチ )のタフィ・ローズ氏【 48 】の55号タイと2002年に西武ライオンズ( 当時 )でアレックス・カブレラ氏【 45 】が記録した55号タイ。

そして2013年10月4日の対阪神戦でランディ・メッセンジャー投手から60号本塁打を放ったウラディミール・バレンティン選手【 33 :現東京ヤクルトスワローズ 】が日本プロ野球史上初のシーズン年間本塁打60本の新記録を樹立している。

かたや松井氏はNPB日本のプロ野球選手時代の通算打率は3割を超えていたが、MLBメジャーに行かれてから3割を切ってしまった様である。

ニューヨーク・ヤンキースの現役選手時代も、不調で凡退するときなどは「 ゴロ王 」などと揶揄される時期も有ったが、全体としては素晴らしい成績を残した松井氏なので有った。

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最高年俸額はN.Y時代の13億円

1992年、星稜高校からドラフト1位で巨人に入団した松井秀喜氏の契約金は1億2千万円だったが、開幕前に2軍に落とされるなどして1年目の'93年の年俸額は720万円であった。

その後、うなぎのぼりに年俸は上がり続け、最高額はメジャー移籍後の2006年から2009年のニューヨーク・ヤンキース時代の年間13億円である。

松井秀喜氏の選手時代の年俸一覧


松井氏自身が引退する2012年のレイズに所属していた90万ドルは直近の年俸額であるが、現在のN.YのGM特別アドバイザーの報酬額は分からない。

松井秀喜


タグ:ゴジラ
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